はたちの君へ

私には今日はたちを迎える友達がいます

 

はたちの彼女に

私が何を伝えることができるか

しばらく考えていたけれど

「ありがとう」とか「だいすき」とか

出てくるものはいつも通りの言葉で

少しも自分が成長できてないなと改めて実感してしまいます

 

でも裏を返せば

これは彼女に対する思いが何も変わってないということになると思います

 

彼女に対する感情が十数年変わらなかったこと

そしてその感情が「ありがとう」と「だいすき」でいっぱいなこと

そう今も思えていることが私にとっては幸せです

 

彼女とは幼稚園のときに出逢いました

中学校まで同じ環境で生きてきましたが

同じクラスになることはありませんでした

でも学生時代を振り返ってみると

彼女が一番近くにいました

 

小学校の夏休みでは

何の約束をすることもなくふらっと公園にいけば

いつも彼女がいましたし

私が早く着けば 彼女を待っていました

 

そして彼女とは数えきれないほどの話をしました

たわいもない話から 未来の話 もちろん恋の話まで

思い出はつきません

 

中学校の頃は一緒に通学をしていました

大変家が遠かったために通学路は1.4kmありました

往復で2.8km 年間200日 3年間

彼女と歩いた距離は1700kmにのぼります

東京から沖縄や韓国までと同じくらい

こんな長い距離を3年間元気に歩けたのは

まちがいなく彼女のおかげでした

 

高校大学と進む道はバラバラで

もう疎遠になってしまうかと思われましたが

相も変わらずたわいもない話をいつでもできる友達です

 

彼女は、まちがいなく私の親友です

 

この言葉を使うのは少し勇気がいります

はたして私は彼女の親友なのか不安に思います

でも今日を逃すと伝わらないような気がするから

ここに書き留めておきます

 

彼女は愛にあふれた人です

いろんな人に愛されていますし

いろんな人を愛しています

 

そんな愛でいっぱいの彼女は

自分に自信がないとよく言います

 

いつも周りに友達がいる彼女を憧れに思っていましたから

はじめて彼女の本音を聞いたとき非常に驚きました

 

愛の裏にはたくさんの思いやりがあって

その思いやりがきっと彼女を苦しめているのでしょう

その苦しみを私は分かってあげられるのか

まだまだ力不足ですが

いつでも何かあったときに話を聞いてあげられる存在でありたいです

 

そして彼女は誰にでも愛を与える人ですから

ときどきそれを心配に思う時もあります

彼女が悲しむ姿を見たくはないです

でもそれを止めることができるわけではありません

せいぜい背中を押すことしかできません

でもその背中を押すことだけでもいいから

 

 

私は彼女の何かでありたいです

 

2021.5.18